唐突ですが、当方、となりのヤングジャンプで「竜と勇者と配達人」(通称吉田)という漫画を連載しています。みんな大好き中世ファンタジー漫画です。
各話の最後には中世に関するコラムが付いてお得な構成になっております。
で、9月末に掲載された8話のコラムで、中世の兜をテーマに書く流れになったので、中世兜のダサかっこよさを伝えるべく張切って執筆したわけですよ。そりゃもう全力で。
しかしなんということでしょう、張切り過ぎた結果、「分量が多すぎる」という事でコラム枠から追い出されてしまいました。
しかし折角書いたものなのでと、元のコラムより更に増量してこっちに掲載したものが本記事になります。
本記事は概ね純粋な中世兜紹介コラムですが、多少ながら弊漫画のネタバレめいたものもありますので、漫画の方を先にご覧になる事をお勧めします。面白いよ!今ならまだ全話読めるよ!単行本が出ると読めなくなるから今のうちだヨ!
では、以下よりコラム本体の内容に入ります。
■前置き
さて、ここに中世兜の系統樹を記した一枚の紙があります。
甲冑界隈ではよく転載される有名画像です。
古いものゆえ微妙に気になる箇所もありますが、中世の兜の進化の過程を一望するには便利なので、これを足がかりにして弊漫画に登場したダサかっこいい兜を見ていきましょう。また、各兜のバックグラウンドも時系列順に語っていきたいと思います。
■第一章:スパンゲンヘルム -初期中世のロングセラー-
では、初期中世の兜から語って参りましょう。
西ローマ帝国が崩壊し時代が中世に突入すると、甲冑文化も一旦リセットが入ります。そんな中でローマ甲冑文化が廃れた隙間を縫うかのように新たに流行した兜がスパンゲンヘルムと呼ばれる兜群です。
- 名称: スパンゲンヘルム / spangen helm
- 時代: 初期中世。大体6~11世紀
- ダサかっこよさ: ★★
起源的にはスキタイあたりからロシア・ウクライナを経由して、遅くとも6世紀頃には西欧に伝わったとされています。時代的にも民族大移動の時期と重なりますし、その辺の絡みで伝わってきたのでしょう。
しかしスパンゲンヘルムという名前自体は特定の時代・地域に結びついたものではなく、構造による分類名です。上の図を見ると、兜の鉢の頭頂から六方に鉄板の「筋」が伸びているのがわかると思います。この筋をドイツ語でスパンゲンspangenと言ったのでこの名前が付きました。
その構造の意義に関しては、製作中の図を見るのが一番でしょう
まず外枠(=スパンゲン)を作り、そこに分割されたお鉢用の板金を留めているのがわかるかと思います。
まだ一枚の鉄板を加工して頭部の「お鉢」を形成するのは技術的に困難だったので、このような様式が特に中世初期に広く用いられたわけです。
その後、11世紀頃に至るまで長い間、このスタイルの兜は欧州中で用いられることになります。ちなみに元々東方から入ってきた兜なので、ロシアとかその辺でもこのタイプの兜はよくみかけます。
で、件の漫画本編に登場してきた兜その1が、このスパンゲンヘルムに属す10世紀前後のもの。10世紀のノルウェー‥要するにヴァイキングの兜です。
本編兜1
- 名称: Gjermundbu Helm
- 分類: スパンゲンヘルム / ヴァイキングヘルム
- 時代: 10世紀前後
- 場所: ノルウェー
- ダサかっこよさ: ★★
漫画本編では1コマしか出てない上に見切れてますが、ヴァイキングヘルムです。更に細かく個別の兜について言えば、発見地の名前をとって特にGjermundbu Helmとも呼ばれます。読み方はわかりません。
ヴァイキングなだけあって悪役臭は中々ですが、ダサさは少し足りないかもしれません。
見ての通り眼鏡(目庇)が付いているのが最大の特徴ですが、お鉢を見てみると、やはり構造的にはスパンゲンヘルムであることが見て取れます(多分)。
この眼鏡、ヴァイキング時代に限ったものではなく、ちょい手前のヴェンデル時代の兜にも、大抵このように眼鏡が付いています。
- 名称: ヴァルスヤーデヘルム 第六墓型 / Valsgärde burial 6 Helmet
- 分類: ヴェンデルヘルム / 辛うじてスパンゲンヘルム
- 時代: 7世紀
- 場所: スウェーデン
- ダサかっこよさ: ★★★
こちらは厳密にはヴァイキング時代ではないのですが、やはり北欧で発見された兜の一つです。こっちの兜はかなり特殊ですが、一応スパンゲン構造をしていることがわかります。ちなみに真ん中の再現品は我が家の兜です。
ともあれ、スパンゲンヘルムは欧州の地で長い間愛され続けたのでした。
■第ニ章:ノルマンヘルム -無難な中世兜の基本形-
さて、ヴァイキング達は海賊や商人として北欧を本拠として暴れまわったことは周知の通りだと思います。
そのような遠征の中でノルマンディーに定住したヴァイキングの一派とその子孫は、歴史的にノルマン人と呼ばれることになります。
そのノルマン人もまた、イングランドに攻め入って王権を奪取したり、ビザンツ方面に傭兵に出かけたりイタリアに南下したりと、あっちこっちに遠征を繰り広げたアグレッシブな人たちでした。 そんなノルマン人が着用していたことでよく知られるのが、本項のノルマンヘルム(Norman Helm)です。
- 名称: ノルマンヘルム / コニカルヘルム / ネイザルヘルム
- 時代: 9~13世紀
- ダサかっこよさ: ★
パッと見では、これまでの兜に比べると随分とシンプルな形状になっています。
しかし、かつてのスパンゲンヘルムとは異なり、「板金をリベットで繋ぎ止めた跡」が無いという見過ごせない相違点があります。
さよう、これは、一枚の鉄板を加工して頭のお鉢を作ることが可能になったという、重要な技術の進歩を示しているのです。
このように、頭頂部が尖った水滴型の兜なので、コニカルヘルム(conical helmet)と呼ぶこともあります。
一方、ヴァイキングヘルムについていた眼鏡はシンプルになり、額から飛び出た「鼻当て」(nasal/ネイザル)と変化しています。それ故、ネイザルヘルム(nasal helmet)と呼ばれることもあります。
恐らく、鼻のみならず、横ざまの斬撃から目などを守る効果も期待できたのでしょう。この手の鼻当ては廉価で簡易な顔面保護としてノルマンヘルム以降にもあちこちで見られます。
ノルマン/コニカル/ネイザルの各呼称はそれぞれ異なる概念に基づくカテゴライズなので、微妙に一致しないこともあるのですが、大抵は似たような意味で用いられます。
そして、このノルマンヘルムの亜種あるいは発展型の一つが、漫画本編に登場した兜その2です。
本編兜2
- 名称: イタロ・ノルマンヘルム (Italo-Norman Helmet)
- 分類: ノルマンヘルム / フリギアヘルム
- 時代: 12~13世紀
- 地域: イタリア
- ダサかっこよさ: ★★★★★
ヴァイキング時代に比べて簡素になった顔面保護ですが、12世紀の終わり頃から再び大型化が試みられるようになります。
上記の兜は、イタリアはスポレートの教会壁画に、ただ一点だけ痕跡があるというレアな形状です。しかし形状こそ異なれど、顔面のプレートが大型化していく様は、当時の壁画や写本から伺えるのです。
この兜は、顔面保護が進化していく過渡期のもので、それゆえに他の兜と比べても異形感があって趣深いですよね。これが縁日のお面屋に飾られる風景が見てみたいものです。いいよね。
■第三章:グレートヘルム -中世兜の真打ち-
さて、上述のイタロ・ノルマンヘルムのように、12世紀の末頃から顔面保護に力を入れた兜が登場してきます。この流れはいわゆる十字軍の時代を通じて止まることを知らず、その努力は、最終的に一つの兜に結実します。
そう、みんな大好きグレートヘルム、通称バケツヘルムです。
- 名称: グレートヘルム (Greathelm / Tophelm)
- 時代: 12~14世紀
- ダサかっこよさ: ★★★★
見てください、この圧倒的なダサかっこよさ。
かつてない程の防御力と微妙に快適ではない付け心地。そして何より非人間的なスメルの漂うフォルムには唯一無二の魅力があり、中世/ファンタジー好きの心を掴んで離さない、そんな奴です。中世を代表する兜の一つといえるでしょう。
さて、上の図で示したのは典型的なバケツヘルムですが、このスタイルとてある日突然生まれたわけではありません。当時の兜の変遷を観察すると、ノルマンヘルムに端を発する試行錯誤の跡が伺えます。先述したイタロ・ノルマン兜はそのような試行錯誤の一つというわけです。
円錐形の兜に面当てが付いた単純なものから、段々バケツ型になり、やがて頭頂部が細まるという洗練の過程が見て取れます。
こうして完成したグレートヘルムは14世紀まで、兜の中の兜の座を勝ち得ていました。偉い人の墓にも誇らしげにグレートヘルムを抱える彫像が数多く掘られています。素晴らしいですね。
ところで、写本や彫像の中で描かれるグレートヘルムには、羽やツノなどの多種多様な装飾があるのが見て取れます。
これの姿を伝えるのが、本編で登場した兜その3です。
本編兜3
- 名称: アルベルト・フォン・プランクのグレートヘルム (greathelm of albert von prankh)
- 分類: グレートヘルム
- 時代: 14世紀
- 地域: オーストリア
- ダサかっこよさ: ★★★
「兜飾り」自体は中世に限らず様々な文化に見られるものですが、中世欧州の場合は同時期に栄えた「紋章」文化との絡みもあり、実に多種多様なクレストが当時の絵画には描かれました。
ところで、日本の兜飾りもそうですが、クレストは実用性(軽さ)を重視して革や布などの素材でできていました。 しかし、そのために鋼製である兜本体に比べて保存が難しく、今日まで遺るものはほとんどありません。
で、その貴重な例外の一つが本項の兜というわけです。すごいだろう。
また、現存の兜には残されていませんが、クレストはマントやトルスといった補助具と共に取り付けられるのが一般的でした。これらは、兜とクレストの接続部を隠したり、クレストの取り付けを安定させるといった効果があったとされています。
ちなみに、クレスト自体は兜にあけた穴に紐などで結んだものと思われます。
そんなわけで素敵なクレストの世界を軽くご紹介しました。ただしこの手のクレストは、実戦で使われることもありましたが、むしろ当時の馬上槍試合(トーナメント)でより頻繁に使われたとされています。
■幕間:サーベリア -盛期中世の伏龍-
さて、華々しい中世甲冑の世界ではあまり脚光を浴びることはありませんが、グレートヘルムと同時期に導入された、もう一つの兜が存在します。それが、サーベリア(Cervelliere)と呼ばれるものです。
- 名称: サーベリア (Cervelliere)
- 時代: 12~14世紀
- ダサかっこよさ: ★★
見ての通り、頭にピッタリとフィットするような、小さな半球型の兜で、グレートヘルムに比べると、実に地味で慎み深いフォルムをしています。地味なので、本編にも特に登場していません。しかし、甲冑史的にはグレートヘルムに匹敵する、あるいはそれ以上に重要な奴だったりするので、特別にこいつを紹介しておきたいと思います。
元々この兜は、安くて簡便な補助兜という位置付けで登場しました。というのも、チェインメイルの頭巾(mail coif)やグレートヘルムの「中」に補強用として被っていたのです。
被打撃時の衝撃を和らげるのが主用途ですが、グレートヘルムの隙間を埋めて頭心地を安定させる意図もあったのかもしれません。また同時に、下層兵のための廉価な兜として単独で用いられることもありました。
ノルマンヘルムが、グレートヘルムとは逆方向の、単純化の方向に進化した姿とも考えられます。
そんなわけでいまいちパッとしない存在だったサーベリアですが、使われていくうちに徐々に発展を遂げていきます。
- 鎖垂れ(鎖しころ)※1が取り付けられ、首元の防御を補強
- 鉢の形状が再び円錐形に近づき、サイドや後頭部も覆うように
※1: 甲冑用語でアヴェンテイル(aventail)といいます
上記のような変化を経てそれなりに信頼できる防御力を得たころ、サーベリアには、新たな名前が与えられるようになります。
それが、バシネット。後に、中世を代表することになるもう一つの兜を指すことになる名前です。
■第四章:バシネット -兜界の下克上-
- 名称: バシネット(初期型) (Bascinet)
- 時代: 14~15世紀
- ダサかっこよさ: ★★
上記の通り、バシネットはサーベリアから発展した兜ですが、引き続き補助兜として用いられることもあったようです。
さて、当初のサーベリアからは随分と違った形状になったバシネットですが、まだ進化は止まりません。 1340年頃には早くも、弱点だった顔面を保護するためのパーツが加わり始めます。
かつて、ノルマンヘルムは顔面を保護するための顔面用のプレートを取り付けました。
一方でバシネットはと言うと、過去の経験と技術の向上を踏まえ、ご先祖様とは異なる答え‥つまり固定されたプレートではなく、可動式/脱着式のバイザーを取り付けるという道を選びました。
その後も様々なタイプのバイザーが各地で制作されていきます。今日一般的にバシネットという名称が指すのは、これらバイザー付きのものです。
バイザーは、グレートヘルムが克服できなかった取り回しの不便さに対する一つの答えと申せましょう。
グレートヘルムは防御力こそ悪くないものの、視界は狭いし通気性は悪いし脱着は不便。一方でバシネットは、非戦闘時にはバイザーを上げさえすれば、ワンタッチでこれらの問題を解決できます。
そんなわけでこれらのバイザー型バシネットが普及するにしたがって、グレートヘルムの人気は廃れていきます。かつては引き立て役に過ぎなかったサーベリアが、グレートヘルムに逆襲をかましたとも言えましょう。甲冑会も諸行無常なのです。
バシネットに取り付けられたバイザーには様々な種類がありました。細かく見ていくとキリがありませんが、中でも代表的なものの一つがハウンスカルと呼ばれるタイプ。これを実装したのが、本編兜その4です。
本編兜4
- 名称: ハウンスカル・バシネット (Hounskull Bascinet)
- 分類: バシネット
- 時代: 14~15世紀
- ダサかっこよさ: ★★★★★
ハウンスカルとは「犬の鼻面」意味するドイツ語に由来する名前で、その名のごとく先端の尖ったバイザーが最大の特徴です(犬の鼻面というよりは鳥の嘴の方が近い気もしますが)。
グレートヘルムに勝るとも劣らない非人間的なフォルムをしたバイザーですが、口元にスペースを確保することで呼吸を楽にする効果と、顔面に対する刺突系の攻撃を「そらす」効果があり、意外と実用的なものでした。ただし、転ぶと床に穴が開くので気をつけましょう(実例アリ)
ちなみに上図の左端は、メトロポリタン博物館にあるイタリア製バシネットがモデル。バシネットもさることながら、胴に着けたブリガンダイン(ハルキス式)もすこぶる良く、中の人のお気に入りの甲冑の一つです。
ブリガンダインとバシネットのカップリングは至高だと思うのですよ。サレットも捨てがたいとは思いますが。
■第五章:グレートバシネット -バシネット界の行き詰まり-
さて、かように妥当な堅牢性と柔軟さを兼ね備えたバシネットは、かつてのグレートヘルム以上に中世戦士の間で普及しました。
しかし、バシネットの進化はまだ止まりません。14世紀の終わりごろから、バシネットに残されていた唯一の脆弱点、つまり首元の補強に取り掛かります。その補強内容は単純で、鎖垂れ(アヴェンテイル)で覆われていた首元を、代わりに鋼のプレートで覆うというもの。このタイプのものは、グレートバシネット、あるいはグランドバシネットと呼ばれます。
- 名称: グレートバシネット / グランドバシネット
- 時代: 14~15世紀
- ダサかっこよさ: ★★★★
バイザーの形のせいも多少はあるでしょうが、通常のバシネットに比べるとえらくずっしりとした印象を受けるのではないでしょうか。首元の違いだけでも印象は随分と変わるものです。
ともあれこの首周りのプレートによって、360度のフル防御を手にすることが可能になりました。しかしその一方で、段々重く、高く、取り回しが悪くなっていったという側面も否めません。
そのため、グレートバシネットが登場したとは言え、必ずしも従来の甲冑が蹂躙されたわけではなく、特に歩兵たちはバイザー無しのバシネットを引き続き使うこともありました。
というわけで、本編兜その5はこの系譜の例になります。
本編兜5
- 名称: グレートバシネット or ビコック
- 時代: 1450年頃
- 地域: ドイツ
- ダサかっこよさ: ★★★★
どうでしょう。目出し穴というものは、基本的に視界の広さと安全性のトレードオフの世界なのですが、本兜はある意味開き直ったデザインと言えます。
穴だらけのこのご尊顔からは、目出し用のスリットなんか要らなかったんだという声が聞こえてきそうです。
ところでこの兜。一応グレートバシネットという名前はついてはいるものの、これまでのものに比べると、多少どっしり感が薄らいでいるようにも見えます。
中には、上のものに類似していながら、更にもうちょいスマートな形状をした例も存在します。
実のところ、この辺の兜をどう命名/分類するかは必ずしも自明ではなく、博物館によってはビコック(Bicoque)と分類されたりもしています。
現代の仏語だと「要塞」という意味もありますが、bi-coque つまりDouble Shell Helmetくらいに解釈するのが妥当かと思われます。
このように、バシネット形式も末期になると様々な方向性のものが登場し、分類し難い事例もちらほら増えてくるわけです。
■第六章:ケトルハット -甲冑界最長老-
ここらで一旦、視点を再び廉価兜に戻してみましょう。
グレートヘルムの時代には廉価兜としてサーブレアが存在しました。そしてそのサーブレアはバシネットへと進化し、段々複雑なものへと変わっていきました。
が、実はサーブレアと大体同じような時代に、また異なるの廉価兜が存在していました。それがケトルハット(kettle hat)と呼ばれる一群の兜達です。
- 名称: ケトルハット
- 時代: 11~16世紀頃
- ダサかっこよさ: ★★★
例の系統樹ではまるで最初期のバシネットあたりを経由して14世紀頃から発達したかのように書かれています。が、実際にはもっと古く、十字軍の時代あるいはそれより以前から存在していた事が知られています。その正確な起源は不明ですが、ビザンツから伝わったとも言われます。
縁起はともかくとしてその特徴は言うまでもなく、麦わら帽子のような広いつば。
この「ツバ」のおかげで上からの攻撃に追加の防御力を発揮し、顔面が傷つく事を防ぎました。例えば歩兵が騎兵と戦うシチュエーションや、降り注ぐ弓矢と相対する攻城戦などでその真価を発揮することになります。
そういう理屈で、この兜は歩兵や弓兵御用達の兜と言えました。
そして、このケトルハットのもう一つの特徴は、その生存期間の長さ。
グレートヘルムやバシネットといった主張の強い兜が現れ、脚光を浴び、そして進化の過程で淘汰されていく中、このケトルハットはそのシンプルさ故か長く愛されました。
16世紀にはモリオンと言う別の歩兵用ヘルムに取って代わられますが、スペインの方では17世紀くらいまで生き延びたようです。まさしく兜界の長老と申せましょう
さて、本編に登場した兜その6は、ケトルハットの一種です。が、そのソースとなった兜は、マイナーなケトルハットの中でも更にマイナーな変わり種だったりします。
本編兜6
- 名称: ケトルバシネット(仮)
- 分類:ケトルハット / バシネット
- 時代: 1360年前後
- 地域: ポーランド
- ダサかっこよさ: ★★★
これはチュートン騎士団の根城として名高いマルボルク城で展示されているケトルハットなのですが、下からみてみると、帽子上の鉢の下に、バシネットに類似したスカルキャップが控えていることが見て取れます。
そんなわけで、これはケトルハットとバシネットを混ぜたケトルバシネットとでも呼ぶべきものではないか、とする意見も存在するのです。
まだ議論も浅い領域なので確たることは申せませんが、ケトルハットにもまたバリエーションがあったというお話。
ちなみに、バシネット風ではあるにせよ一応はケトルハットなので、この辺の兜は漫画においても弓兵達にかぶらせてあります。
■第七章:アーメット -騎士っぽさ大爆発-
さて、14世紀はバシネットの時代と言えましたが、15世紀に入るとこの方向性も行き詰まり、勝者の見えない状況が続きます。
で、そのような時代にさっそうと現れたのが中世末期の象徴する兜の一つ、アーメット(armet)。
- 名称: アーメット
- 時代: 15~16世紀
- ダサかっこよさ: ★
何でしょうか。これまでの中世甲冑は、総じて格好良さとダサさを併せ持つ複雑な魅力を備えていましたが、このアーメットにおいてはダサさが後退し、格好良さが圧倒的に勝っている感が否めません。
いかにも騎士然とした、エリート感漂ういけ好かないイケメンとも称せましょう。
それはともかくとして、このアーメット。構造的には兜本体、バイザー、二枚の頬当の四つのパーツから構成されていますが、これに喉当てのプレートがアタッチされることもあります。
こんな感じでパーツと稼働部位は増えて複雑になりましたが、その一方で頭の形にぴったりフィットする形状になっており、洗練された造形美をも匂わせています。
その複雑さと洗練さの故に、アーメットの構造の起源は時として議論の対象になります。系統樹でも、突然変異のように独立した存在として扱われています。
しかしながら、上の方で紹介したグレートバシネットやビコックを見れば、この辺の影響を強く受けている様子が伺えます。
例えばグレートバシネットの中には似たような構造の頬当を持つものもありますし、頭にぴったりなビコックのフォルムはアーメットを連想させます。
そう言えば、この頃になると首から下の方もプレートアーマーの時代に突入しており、全身フルセットの甲冑も増えてきます。
博物館に飾られている、いかにも高価そうな装飾が施された甲冑セットなんかは、だいたいこの時代かそれ以降のものです。これらの甲冑は、王侯らの贈答品として贈られることもありました。
で、このオシャレなアーメットが、漫画本編に登場するとこうなります。
本編兜7
- 名称: クールブルグ アーメット S18
- 分類: アーメット
- 時代: 1410年頃
- 地域: イタリア
- ダサかっこよさ: ★★★★
スイス・オーストリアとの国境近いイタリア‥平たく言えばチロル地方のお城、クールブルグ城で発見されたアーメットの一つ。
クールブルグ城は13世紀に建てられたチロルのお城なのですが、何よりも武器庫のために有名です。14世紀のものを始めとする中世の甲冑が、良質な状態で大量に保存されているのが発見されたからです。
その数は50セットに及び、当時の甲冑を伝える貴重な資料になっています。甲冑会で流通している再現品にも「クールブルグスタイル」のものが多くあり、その寄与は計り知れません。
そんなわけでクールブルグはウィズビーと並んで甲冑会の頻出単語なので覚えておきましょう。試験に出ます。
あ、話が逸れました。問題の兜は、そんなクールブルグ城で見つかったアーメットの一つです。一つですが、見ての通り顔面が空いています。
本当はここにバイザーが取り付けられるはずなのですが、バイザーの方は紛失してしまっているというわけです。
が、バイザーが無いがゆえにむき出しにされた、異形の生物の口のようなデザインが個人的に好きなので、バイザー無しのまま御登場願うことに相成った次第であります。
というわけでこのアーメット君だけは不完全な装備で出陣することを強いられているわけですな。ごめんね。
■第八章:バーゴネット -いにしえの造形美に回帰せよ-
本記事も随分と長くなってしまいましたが、そろそろ締めに掛かりましょう。
- 名称: バーゴネット (burgonet)
- 時代: 16~17世紀
- ダサかっこよさ: ★
最後に紹介するのはバーゴネットと呼ばれるもので、時代はちょっと飛んで、16世紀から17世紀。中世というよりは、ルネサンス~近世と呼ばれる時代のものになります。
この頃は高級な甲冑としてアーメット(の後釜であるクローズヘルム)などが用いられていましたが、この時代にもやはり、手軽で使い勝手の良い兜の需要はありました。
そんな中で生まれたのがこのバーゴネット。ルネサンスの流行に則り古代風の兜を再現したとも言われています。
とは言え、やはり兜は実用品。意味もなく古代の兜を真似たわけではなく、その構造にはこれまでの知見が生かされております。
- 顔面は開けつつも、それ以外の首元や頬、後頭部はしっかりガード
- 人間工学的な鉢の形状に加え、古代のクレスト(モヒカン)を意識したトサカは、鉢の補強として機能
- ケトルハットのような「つば」を導入することで、顔面の防御を補強
という感じで、顔面のプレートやバイザーこそ無いものの、その条件下で最大限の防御力と手軽さを確保しようと努力した跡が伺えます。
かくしてバーゴネットは、軽くて便利な兜としてスイス傭兵や各地の騎兵などの間で親しまれるのでした。
そんな感じで人気を博したバーゴネットですが、普及するにつれて顔面が開いているのはやっぱり不安という声が出てきます。
かくも欧州兜の歴史とは、重装化と軽量化の繰り返しなのです。
ということで、軽さと手軽さが売りだった筈のバーゴネットにも、時としてフェイスプレートが取り付けられたりしました。
脱着式のものもあれば最初から固定してしまうものもありますが、後者のタイプは特にクローズド・バーゴネットと分類されます。
本編兜その8は、そのようなクローズド・バーゴネットに分類される兜の一種で、更にその中でも特にサヴォイアードヘルム(Savoyard Helmet)と呼ばれるものです。
本編兜8
- 名称: サヴォイヤードヘルム / トーテンコップヘルム
- 分類: バーゴネット > クローズドバーゴネット > サヴォイヤードヘルム
- 時代: 1600年前後
- 地域: サヴォイア
- ダサかっこよさ: ★★★
バーゴネットに取り付けられた面頬には様々な形がありましたが、両目と鼻や口に丸い穴を開けたタイプは、そのデザインが髑髏のようであったことから、特別に名前が付けられました。それがサヴォイヤードヘルムであり、ドイツ語ではトーテンコップ ヘルメット(Totenkopf/髑髏兜)と称されました。
本編に出てきたものは、中でも特に髑髏度が高いもので、まさしくトーテンコップの名にふさわしいものと申せましょう。
尤も、本品のように完全髑髏スタイルなのは少数で、大抵はもうちょっと鉄仮面めいた風貌をしていますが。
これはこれで独特のキュートさがありますが、今回はわかりやすい見た目の特徴ということで、髑髏型のものを採用した次第です。
そんなわけで、本記事では甲冑(兜)がいかに時代に合わせて進化してきたを駆け足で見てまいりました。
これまで見てきたように、兜には視界、通気性、堅牢さ、機動性、取回し、重量、値段等など各要素のトレードオフがあり、全てを良いとこ取りすることはできません。甲冑職人や戦士たちは、その時代の技術と需要に応じて妥当な特性を獲得しようと模索を続けていたのです。
そんな模索の連続が中世甲冑の歴史であり、またそんな模索の結果、期せずして格好良さとダサさを併せ持つ造形になってしまうのが中世甲冑の魅力なわけです。
しかし気がつけば時は17世紀です。もういい加減、火薬の時代に入りつつあります。銃火器の方はというと甲冑以上に進化してしまったわけで、ここらへんを限度に、甲冑が戦場の華となることは無くなっていくのでありました。
あとがき
‥とまぁこんな感じのことをコラムで解説しようかと思ったのですが、前述の通り、長すぎると没を食らったのでここに掲載した次第です。
実際にはまだサレットとかクローズヘルムとか、それ以外の変てこな形状のものとか、紹介すべき中世兜は色々あるのですが、肝心の漫画の方に登場していない&時間がないので今回は省きました。
結構喋ったつもりでしたが、こうして改めて見てみますと半分くらいは残っていますね。
今回紹介しそこねた兜に関しては、今後連載が進んだときにまたお会い出来ることを期待しましょう。
竜と勇者と配達人好きすぎて何度も読み直してます
今回は紹介ナシでしたが、大好きなサレットの登場を楽しみにしてます
ヘンリー八世のツノ付き兜もいつか出てくるものと期待しています
あと名前読めないけどHEAUMEの後期のほうの形がかえるっぽくて素敵
弊漫画を御贔屓にして頂きありがとうございます。愛してます。
■サレット
サレットは私も好きなのですが、着用者が「例の軍団」じゃなくて先輩の方だったので、今回の紹介からは漏れてしまったという悲しい経緯があります。また別の機会に紹介したいですね。
■ヘンリー兜
当方、非実戦用の兜は専門でないので、あんまり語れなかったりします。が、折角ご指定頂いたので小ネタを一つ。ヘンリーさんの兜はああ見えて、装飾を無視して構造を見れば本コラムで紹介したarmetに該当したりします。図も載っけましたので、下のツイートを御覧くださいな。
https://twitter.com/yamadieval/status/781112228191752193
■HEAUME
グレートヘルム等を指す仏語の言葉ですね。後期の蛙型は、いわゆるトーナメント用に特化していった頃の兜です。
トーナメントの界隈もやはり疎いのですが、この辺も機会があれば手を出したいですね。
うおお!
ヘンリー兜の中身ってはじめて見ました。
こんなんなってるんですね……
Heaumeの解説と併せてわざわざありがとうございました。眼福です。
実戦用兜も大好物なので今後も漫画の中に出てくるのを楽しみにしてます!
いつも楽しく吉田氏の日常を拝見させていただいております。
個人的には黒いビコックなんかがツボですね。かっこいいです。
非常に丁寧で読みやすく、熱を感じる文章で楽しく読ませていただきました。
コメントありがとうございます。そう仰って頂ければ吉田もきっと喜びましょう。
ビコックいいですね。ちょうど、ビコックのあたりから欧州兜もスマートな洗練された形状になっていく感がありますね。中世風の野暮ったさも私は好きですが。
中世と甲冑の話になるときだけやたら饒舌になるような人間ですが、今後も吉田と弊サイトにお付き合い頂ければ幸いです。
竜と勇者と配達人、いつも楽しく読ませていただいています
アーメットが個人的にはとってもツボです
鎧の並んでるお部屋、桃源郷、わかります
御贔屓にして頂きありがとうございます。
やはりアーメット人気ですね。流石イケメン。
クールブルクの武器庫に負けないくらいのアーメットまみれの部屋を目指しましょう。
吉田を読んできました。SD吉田かわいいよ。
兜はデモンズソウル、ダークソウルなんかで見たような覚えが有るような無いような感じだったので、勉強になりました。
本編共々楽しかったです。
ありがとうございます。そう言って頂ければ、理不尽なコスプレを強いられた吉田の心も癒やされましょう。
当方デモンズしかプレイしていないのですが、件のシリーズはファンタジーしつつも意外と中世ベースの甲冑も多く、甲冑的にも見ていて癒される良作ですよね。
楽しく拝読いたしました。
リベット接続→叩き出し→ヒンジ接続→深絞り、と金属加工の歴史でもあって大変興味深いです。
また、オートバイのヘルメットも、キャップ型→ジェット型→フルフェイス→システムヘルメット、と数百年を経て同じルートで再進化している感じで面白いですね。
なるほど、バイクの方は疎いのですが、どの業界にも歴史があるものですね。
技術的な側面の紹介はあまり触れなかったので、その辺は現役甲冑師さんの解説を期待しませう。
メットにもいろんな形があるんですねぇ・・・
形状からしてなんとか呼吸と視界と防御力を両立させようという試行錯誤が伝わってくる気がします
そうですね。で、時々「気持ちはわかるけど、なんでこの形になっちゃったの?」みたいな造形が現れるのも中世兜の楽しさであります。
私はFF11とベルセルク程度でしか(ある程度しっかり中世してる)装備品を見たことがなかったので、こういった進化の流れを実例付きで読むことができてとてもうれしいです。
アーメットのしゃなりとした感じもかっこいいですが、バシネットの鎖垂れやシンプルさは兵士A的ななんともモブっぽさがあっていいですね。
いずれ鎧に関してもコラムを書いていただけたら嬉しいです。
断片的な情報を記しているサイトなんかは割とあるのですが、流れを説明した記事はあまり見かけなかったので執筆したという側面もあります。楽しんで頂けたなら何よりです。モブ兜いいですよね。
胴鎧は、進化という流れで語れるかちょっと微妙ですが、何らかの鎧記事はいずれ書きたいすね。
いやー、兜話凄く面白かった!ところで、単行本化はまだですかねー?次回も楽しみに待っております!
もうちょい掛かりそうですが、そのうち出る予定です。そのときには吉田と兜ともども是非とも御贔屓に。
相変わらず章末コラムが具体的かつ庶民的でえらい参考になるっていうか中世の世界観ベースの小説には是非とも取り入れたい知識ですね
同人誌の再販予定はないのでしょうか
何だかこじつけたようなコラムではありますが、参考なったようであれば幸いです。
再販、については現時点では予定はないのですが、何かありましたらツイッター類で告知いたしまする。
竜と勇者と配達人、毎月楽しく拝読しております。
兜とは無関係で恐縮ですが、他のどこに書いたらいいか分からなかったので、ここに……
すでに誰かが言及なさっているかもしれませんが、竜と勇者と配達人第2話13ページ右下のコマに描かれているバグパイプを持った女性のキャプションが薬師になってるのって誤植でしょうか? 音楽を奏でる人だから楽師のように思うのですが。
もし誤植でしたら、単行本で修正されていたらうれしいです。
それでは次の掲載や単行本の発売、楽しみにしております。
これはこれは、御指摘ありがとうございます。
薬師‥は明らかに誤植ですね。お恥ずかしい限りです。単行本では修正いたしまする。
もしよろしければ、今後共どしどし指摘して頂けるとありがたいです。
では今後共吉田と甲胄をよしなにお願いします。
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TRPGで何の兜をキャラクターに装備させるか悩んでいたところ、本ページにたどり着きました。
非常に面白く大変参考になりました!やはりバケツヘルムは大人気だったんですね。私の美意識が異常なのかと少々不安でしたが、胸を撫で下ろしました次第です。
バケツヘルムのプレゼントキャンペーンをやっていたなんて……そんな……。竜と勇者と配達人は今回はじめて知りましたが、これを気に読み始めたいと思います。
素晴らしい出会いをありがとうございました!
スパンゲンヘルムですが、既に3世紀までにはローマ帝国でも使用されています。
ローマ補助兵が使用していた耳当て付きの物が、そのままメロヴィング朝時代でも使用され続けます。
基本的に中世初期の軍装は、末期ローマと何一つ変わっておりません。
ちなみにローマ文化・言語・政治機構など中世になっても途切れたことは一回もありません。全てそこからの発展です。