[レビュー] ナイルの略奪 -墓盗人とエジプト考古学

 

 

■諸元■

書名 ナイルの略奪  墓盗人とエジプト考古学
書影
著者 B.M. フェイガン(著)
兼井 連(訳)
出版 法政大学出版局
発行 1988年(原語版の出版年月は記載なし。1970~80年くらいと思われる)
評価 資料度:★★☆☆☆
情報量:★★☆☆☆
学術性:★★☆☆☆
独自性:★★★★☆
満足度:★★☆☆☆

 

■要約■

「四千年間奪われっぱなし」

こう、手も足も出ないシチュエーションに萌える、的な。

こう、手も足も出ないシチュエーションに萌える、的な。

死人に口なしとはよく言うが、死人には口だけではなく墓荒らしから身を守るための手も足も無い。エジプト人がその世界観合わせた壮麗な墓を掘っていた当時から、エジプトの墓や遺跡は略奪者の攻撃に遭い続けていた。

最初に墓を荒らしたのは当のエジプト人。墓荒らしはテーベの埋葬地帯では立派に組織された娯楽になっていたとも言われる。
次にやってきたのはキリスト教。勿論狂信的な司教らが古代遺跡に攻撃をする事もあったが、キリスト教への帰依を望んだ土着のコプト人自身、古くからの伝統への三行半だと言わんばかりに古代の異教的風習のあらゆる痕跡を拭い去ろうとしていたという。
その次にこの地を治めたのはイスラム教徒だったが、彼らの治世下でも事情はあまり変わらず、古代の神殿は石材の宝庫として建築材料に転用されていった(ローマと同じだな)。

そしてその次が本命、欧州人の古物収集家達である。 近世になると古物収集はビジネスとして成立するようになり、収集家の満足のためにあらゆる古遺物がヨーロッパへと運び込まれていった。現地のトルコ政権も現地人もまた、金になるこれらの商売に精を出しこそすれども、これを禁止するという発想などは皆無だった。

そんなわけでエジプトの遺跡やミイラ達は略奪されて略奪されてまた略奪されて再び略奪されて今に至るわけである。かつて彼の地に存在したであろう膨大な資料の宝庫は歴史の波に削られ続け、今日僕らが見ることができるのはそのごく僅かな生き残りにすぎない、というわけである。
考古学者ならば読むだけで「もうやめてくれ」と頭を掻き毟りそうな、そんな略奪のエジプト史。

 

■評価■

出会い

私がこの本に期待していた事は何か。中の人のDOUJIN活動を知る方にとっては明白だろう。さよう、次の職業本のためのネタ探しである。
「ナイルの掠奪」。嗚呼、なんというわかりやすいタイトルだろう。ネタ探しモードになっていた当時の私の頭の中では、本書のタイトルを見た時点ですでに次の職業本で取り上げるべき職業の名前が鳴り響いていた。そう、「墓泥棒」の三文字である。

イケる。これは。

エジプトで掠奪といえば墓泥棒の他には存在しない。長い歴史の中では職業としての墓泥棒も存在したのだろう。そして本書ではそんな彼らの情報を余すところなく教えてくれるに違いない。
確信に近い予感を胸に、本書を手に取りレジに並んだ。ネタ探しモードになっていた当時の私はすでに読む前からまだ見ぬ墓泥棒たんのデザインと能力値の推測を始めていた。 以前の本で没になった「墓掘り」のデザインをここで流用させるか、いやまてエジプトなんだからミイラ姿も捨てがたい。得物はやはりスコップか? しかしそれでは墓掘りとかぶる。ここはツルハシにすべきか。 や、どのみち今決めるのは早計だ。当のエジプト人が土木で実際に使っていた道具を調べるのが筋だろう・・。そんな考えを巡らしながら私は帰りの自転車を漕いだ。帰りに通り掛かった多摩川の流れの中に遙かなるナイルを見ていた事は言うまでもない。

そして家に帰る頃にはネタ探しモードは解除されていたのか、そのまま半年ほど放置していた本書をつい先日読んだので今ここに感想を記す次第である。

満足度:★★☆☆☆

結論から言うと、長々と述べた私の目論見は大いにアテが外れた。や、もちろん本書のタイトルにあるようにエジプトの墓泥棒に関する記述もないわけじゃない。が、それらに関しては断片的な記述がある程度で、メインは近代以降の欧州人による探検と盗掘のお話だったりするのだ。

中世の人間がエジプトをどう見ていたとか、その辺のお話は中世スキーとしても参考になったが、それにしたって近世以前のお話は全三章のうちの最初の一章の半分くらい。残りは延々、近代の欧州人がいかにしてエジプトの古遺物をかっぱらっていったかという話である。これでは職業本のネタにはできんなあ。

独自性:★★★★☆

肩透かしを食らったというのが正直な所であるが、これは私の個人的事情でもある。客観的に見ると、後書きでも書かれているように本書は確かにエジプト学の側面を攻めたユニークな試みではある。

古遺物収集の歴史とは、単に好事家のための歴代墓荒しのリストを提供することではない。なぜなら古遺物を求める欧州人の熱狂によりエジプトの遺物は金銭的価値を持ち、そしてそこからやがて学問的価値が見出されたのだ。つまり、遺品ハンター達の足跡は、エジプト学という学問が生まれる過程の物語でもある。そういう意味ではこの本はエジプト学史の一種といえるかもしれない。長い間打ち捨てられた遺跡達が、唯の石材の倉庫から徐々にその価値を認められついにエジプト学へと昇華していく様は感動的ですらある。

職業本云々を抜きにすれば、こういう側面から語る歴史は私も大いに好むところだ(と言うか私は逆に正面から語る歴史の本をほとんど読んだことがないのだが)。
世界の盗品博物館などとも揶揄される大英博物館が幾多の古遺物を奪っていったその理屈だとか、エジプトに赴任した欧州の役人がいか策略を尽くして古遺物を収集していったかだとか、フランスとイギリスによる遺物の争奪戦とか、歴史の中に人間性が垣間見えるこの手のお話が好きな人には手に取る価値が有るかもしれない。

情報量:★★☆☆☆

ただ、そんな遺品ハンターの足跡を辿るにしても、本書の分量の調整はどうにかならんかったのかという思いは拭い去れない。
というのも本書は全三章の構成なのだが、そのうちの実に一章分、つまり全体の3分の1(以上)がジョヴァンニ・ベルツォーニとかいうオッサンの探検日記に充てられているのだ。 や、このオッサンが並ならぬ情熱を持って波瀾万丈な人生を送ったことは本文を読めばわかる。熱意と謀略とハッタリでもって土着の人間を丸め込み遺物の掘り当てていく様は愉快ですらある。しかし何故に幾多の収集家の中からこのオッサンをそこまでクローズアップする必要があったんだ。いや、言い方を変えいよう。何故にその微に入り細を穿って描写する態度を中世以前に向けなかったんだ。何故に意地でも古代の墓泥棒の生涯にスポットを当てなかったんだと声を大にして言いたい。

とまあ、個人的事情はさておき、ミクロな部分はやたら細くマクロな部分は妙に大雑把と全体を通じて統一感が薄く、これが本書の完成度を下げる一因にもなっている。

総評:★★☆☆☆

というわけで総評は星2つ。うーん、俺が知りたいのはそこじゃないんだなというところに限って妙に細かい、そんな本。もちろんユニークな情報は色々あるのだが、やっぱりタイトルから期待した程の墓泥棒要素は見いだせなかったと言わざるを得ない。

「塩」の世界史の時もそうだったが、「資料が手に入ったところから語ってみたよ」感が強いので、全体として見た時に密度や情報の分布がちぐはぐ。登場人物は魅力的だしドラマも感じられはするんだがね。これ、「エジプト考古学前夜史」的なタイトルだったらもうちょい評価も高かったのになあ。
私が欲しかったのは「墓泥棒から見た古代~中世のエジプト生活史」なんだよな。歴史の影に隠れたイリーガルな連中を下側から照らし出す、そんなエジプト史が見たかったわけですよ。

■その他トピック■

欧州発掘人の功罪

上でも述べたように、大英博物館をはじめとする欧州の古い博物館は盗品博物館と揶揄される事もある。なるほど強引の古遺物をかっぱらっていく欧米人の不埒な振る舞いを非難する事は容易だが、エジプトに限ってであればそうそう簡単に善悪を決められるものではなさそうだ。

元々エジプト人自身が長い間、遺跡に価値を見出すことなくこれらをただの石材と見ていたし、欧州人のコレクターがやってきても収集行為を非難する事は無かった。彼らにとって見れば、旅行者が河原で石を拾っているようなものだったのかもしれない。エジプトの当局自身これら古遺物を、外資をエジプトにつなぎとめる道具としてしか見ていなかった側面もある。「考古学的価値」という概念など当時はそもそも存在しなかったのだ。
薬にして売るためにミイラを墓から引っ張りだしたエジプトの農民達を我らは一体どのように評したらいいのだろう。

で、やがて古遺物の熱狂から研究も進み、やがてそこからエジプト考古学が生まれ、これら遺物が単なるコレクションの対象ではなく人類にとっての資産だと気付かれ始める。ここに来てようやく古遺物の流出を防ごうという発想が生まれるのである。そのことを最初にエジプト当局に提言したのもまた、欧州人であった。

手を付けたのはエジプト人で、欧州人が加速させ、後にその本当の価値に最初に気づいて保護しようとしたのも欧州人で。

結局、欧州人も現地人も皆、当時の道徳と己の利益にもとづいて行動していたに過ぎない、とも言える。本書の筆者も、貴重な資料の散逸を嘆きつつも、当時の人間を非難するつもりは無いという態度である(古代遺跡に自分の名前を大々的に落書きしていった馬鹿共は例外)。

大英博物館ら「盗人」側がよ使う理屈は「俺らが保護したお陰で貴重な遺産が害悪から守られている」というものだ。盗んだ本人が言ったら詭弁にしか聞こえないが、困ったことに言ってる事自体は幾分かの事実を含んでもいる。少なくともこの略奪の歴史を読めばそのようにも思えてくる。その一方で、薪にしようが石材にしようが、それを決めるのは本来の持ち主たちであって外国の好事家じゃないよねという理屈も尤もである。

そんなわけでエジプト古遺物収集の世界は多くの皮肉に満ちている。加害者被害者という明確な線引きなどできないのだ。ただひとつ、4000年に渡って墓を暴かれ続けたミイラ本人という絶対的被害者を除いては。

エジプト学のあけぼの

少し上の方で、古遺物の流出を防ごうという提言をエジプト当局に提言した欧州人が居たと述べた。
本書によれば、この人物こそジャン=フランソワ・シャンポリオン・・9歳でラテン語を習得した言語学の大家にして、かのロゼッタストーンの解読者その人だったそうである。古代の遺品の本当の価値に気づいた最初の人間がヒエログリフの解明者だったということは、きっと偶然ではないのだろう。

今でこそ、古代遺跡が過去を知る手掛かりである事は明白な事実だが、当時の人間にはそんな発想は無かったようだ。何度も言うように考古学という概念もまだ未発達だったのだ。そんな認識に風穴を開けたのは、「古代文字は、解読できる」という事実だったわけである。シャンポリオンにとってはエジプトの遺跡は古代の図書館のように見えた事だろう。
ウィキペ先生によればこの人物はエジプト学の父と呼ばれているそうであるが、同時に考古学的精神の開拓者とも呼べそうだ。なるほど、父とうたわれるだけのことはある人物だ。

そんなシャンポリオンの提言の甲斐あってか、1835年にエジプトで初めて古遺物の流出を防ぐための「画期的な」政令が交付されたとの事である。ちなみに彼がお上を説得した論法は、「今や古代遺跡は観光客を呼び寄せる貴重な資源であるからして、これは石材にして切り出すよりも保護したほうが結局は得になる」というものだった。

どうやら彼は、正論だけではなく相手に応じて時宜を得たロジックを使い分けられる策士でもあったようだ。

■声に出して読みたい素敵フレーズ■

・「砂の上に腰を下ろして仕事をしている彼らはみんな同じで、それだけの数のチョコレートの塊が置いてあるみたいでしたわ」
(p128. 探検家の妻、現地人ついて曰く)

・「我々も石はたくさん持っております。しかしエジプトの石は我々のものよりも良いのです」
(p131. 「何故欧州人はエジプトの石(=遺跡)を持っていくのか」と現地人に問われた欧州人収集家の返答)

・「目的のつまらなさという点だけが劣っている、恋愛や野望と同じような激しい情熱」
(p219. さるフランスの学者がエジプト遺物収集家を評して。)

 

■まとめ■

・シンプルにして過不足無く、かつ歴史も感じさせる素敵タイトル+
・歴史の中のエジプト裏社会的なものを期待した私にとっては全体的に肩透かし—-
・逆に近代に跋扈した欧州人のことを知りたければお勧めの一冊
・オベリスク「クレオパトラの針」略奪の物語や「若いメムノン」略奪の物語など他にはない逸話も多数+
・古遺物の掠奪に焦点を充てて本を一冊書き上げた着眼点++
・「エジプト誌」から引用している多数の図版がどれもこれも素敵。でもこれ別に本書の貢献でも何でもないよね
・本自体、思ったより古かった-

エジプトの墓荒しの情報を収集するという野望は砕かれた。だが墓荒らしが盛んだったのはエジプトだけではない。次は第二の盗掘大国を調査するのみ。そう次は中国だ!


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