「善政の効果」の効果

■背景■

・善政の効果について

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「善政の効果」全体図。 画像は http://www.eco-innovation.net/blog/city-of-good-government さんより

イタリアの画家アンブロージョ・ロレンツェッティが14世紀に描いた壁画。
イタリア中部の都市シエナの市庁舎にある「平和の間」と呼ばれる部屋の壁に描かれている。

広間の風景はこんな感じ

広間の風景はこんな感じ。 画像は http://mydailyartdisplay.wordpress.com/2011/02/13/effect-of-good-government-on-city-and-country-by-ambrogio-lorenzetti/ さんより。

部屋を囲むように描かれた三枚の壁画のうちの右側であり、市庁舎に描かれただけあって、良い政治というものを思想的寓意的に描いた作品とされる。
まだまだ宗教画が芸術のメインだった当時にあって、世俗的な風景をふんだんに取り入れたという点も特徴の一つ。またその結果、本作は中世欧州版の洛中洛外図といったの作品となっており、芸術的のみならず資料的にも出色の一品とされている。

三枚とも似たような名前の割に、訳にぶれがあったりして非常にややこしいのだが、それぞれ以下のように訳される。

  • 右:「善政の効果」、「良き政府の効果」「都市と田園における善政の結果」など
  • 中:「善政の寓意」、「良き政府のアレゴリー 」など
  • 左:「悪政の寓意」、「悪しき政府のアレゴリーとその効果」など

また、これら三枚をまとめて「善政と悪政の結果」などと呼ばれる事もあるようだ。いずれにせよややこしい事には変わりない。本稿で取り上げるのはこれら三つのうちの右側のものであり、ここでは「善政の効果」と呼ぶ。

■問題提起■

・・・というのが型どおりの解説である。
芸術分野にはさして詳しくない私が何故にわざわざこんな絵画を取り上げたかというと、この壁画には隠された一つの特徴が存在するからに他ならない。
そう、この絵は、どういうわけかやたらと「中世関連の書物の表紙に使われる」という特徴があるのだ。

論より証拠。私の「善政の効果」コレクション。

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通称「善これ」

左上から順に、

  • 15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史 堀越宏一/甚野尚志(ミネルヴァ書房・2013)
  • イタリア都市社会史入門 齊藤寛海/山辺規子/内藤哲也(昭和堂・2008)
  • ヴェネツィアの放浪教師 児玉善仁 (平凡社・1993)
  • 中世ヨーロッパを生きる 堀越宏一/甚野尚志(東京大学出版会・2004)
  • 聖母の都市 シエナ 石鍋真澄(吉川弘文館・1988)

の五冊。

いずれも良書でいつかレビューでもしたいが、それとこれは別の話。ぱっと見ではわかりづらいかもしれないが、いずれも、上述の壁画の右側である「善政の効果」の一部を表紙に用いている。
これまでは4つだったが、先日「15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史」が加入したことにより合計5つに。四捨五入すれば約十である。

■実験■

さて、上図のコレクションを見たならば、思うことは皆同じだろう。そりゃ、表紙を繋ぎあわせてみたくなるよね。
というわけで、表紙をスキャンして「善政の効果」を差構築してみた。結果は以下の図である。

ついでに、各本がオリジナルの図のどの部分から切り取ったかも図示してみた。こうして見ると、同じ壁画を題材としながら、それぞれ異なる箇所から切り取ることで、ぱっと見ではかぶっているという印象を免れていることがわかる。

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■考察■

何故にかくも取り上げられるかという問に真面目に答えるとすると、本壁画が持つ二つの要素が挙げられるだろう。

まず、上述で述べたように、本作は中世の人びとの暮らしを(都市も郊外も含めて)緻密に描いた一種の「描かれた年代記」「描かれた百科事典」とも言うべき特徴を持っている。この要素は、名も無き人びとの暮らしを取り上げた、いわゆる生活史に属する本と非常に相性が良いわけである。上で上げた五冊の本は、最後の「聖母の都市 シエナ」を除けばこの手の生活史的要素を多分に含む書物である。

また、本絵画はイタリアで製作された、当時の都市の様相を描いた絵画である。それゆえ、当然、「イタリア都市」を取り上げた本とは相性が良い。「イタリア都市社会史入門」「ヴェネツィアの放浪教師」「聖母の都市 シエナ」の三冊はこれに該当する。

最後に、私は、この表紙の選別には個人的な好みも絡んでいると見ている。 というのも上述五冊のうち、「15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史」と「中世ヨーロッパを生きる」は、著者(編者)が同じなのだ。
ついでに言うと本の構成もコンセプトもほとんど同じ。実質的に、「15のテーマ」は「生きる」の続編みたいなものである。そして表紙として取り上げた絵画まで同じとなると、著者たる堀越宏一氏、甚野尚志氏の両名(あるいはいずれか)が重度の「善政の効果」マニアという可能性も捨てきれまい。仮にそうだとすると、氏らが今後も似たようなコンセプトの本を世に出すたびに、私の善政の効果コレクションが潤うという計算にもなる。素晴らしいことだ。

ちなみに、上の実験の図を見たらわかると思うが、「15のテーマ」と「生きる」は、それぞれ壁画の左半分と右半分を表紙として採用しており、互いにかぶらないように切り取ってある。しかし左右それぞれの領域を存分に切り取った結果、まだ切り取られていない未使用の部分がほとんど残されていないという事態にも陥ってしまっていることがわかる。これは、堀越・甚野両氏が今後「善政の効果を」本の表紙に取り上げる際に大きなネックとなりうる。果たして両氏はこの問題をどのように解決してゆくのか、その手腕が問われるところである。

■今後の課題■

本項で取り上げた五冊の本は、同一の壁画を表紙に用いながらも、各々がバランスよく切り取ることで表紙が単調になることを免れている。この辺、編者のセンスのみならず「善政の効果」の懐の深さにも関心せざるを得ない。

しかし、各表紙をよく眺めると、ひとつの問題があることもわかる。 そう、裏表紙などを除いた表紙部分に注目すると、実際に取り上げられているのは左側の都市部に偏っており、右側の郊外・農村部分は総じておなざりにされているのだ。これは、あたかも日本における中世欧州の研究が都市周辺に集中しており、農村に関心が払われていない現実を示唆しているかのようである。
私は門外漢ながらも、一介の中世好きとして、イタリアの農村事情をフォーカスし、「善政」の右側を表紙に採用する本が世に増えんことを願う次第である。

■感想■

時間を無駄にした。さて、作業しよ。


2 comments on “「善政の効果」の効果

  1. 過去と現代・海外と日本を問わず、どうしても都市部に目が行き郊外・農村・地方が見過ごされがちになってしまうのは悲しいですね……研究と共に文字通りの「善政」があまねく行き渡ることを願うばかりです。閉塞といわれて久しいですが、活路はそこにしかないのではと思ったりもします。両輪の一方が顧みられることなければ弱ってゆくばかりで前進あたわず、迷走の果てに共倒れという末路はなんとしても避けねばならない。本稿の趣旨とは違うかもしれませんが、あらためてそのようなことを考えさせられました。ありがとうございます。

    • コメントありがとうございます。
      当方、あまり現代の事に関しては語らない主義なので気の利いたコメントもできませぬが、600年も越えた今も尚そのように深く思っていただけたなら、きっと件の壁画を描いたアンブロージョ・ロレンツェッティとしても本望でありましょう。

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