唐突ですが、わたくし、ちょっと前からヘヴィファイトと呼ばれるスポーツを始めています。初めて耳にする方も居られるかもしれません。一言で言えば、「中世欧州(を中心とした)の鎧を着てど突き合う」という最高に頭の悪いスポーツです。この競技については、文章で長々と語るよりは写真を見たほうが早いのではないかと思います。
弊サイトを訪れるような物好きであれば、特別に興味は持っていなくても「なんかこういうの見たことある」という方は結構おられるのではないでしょうか。私も本来はその手の、傍から見てるだけのクチだったのですが、うっかり足を滑らせてこの甲冑バトル沼にはまってしまって今に至ります。まぁ、甲冑好きをこじらせた結果だと思って頂ければ概ね間違いはありません。
とは言えこの甲冑バトル、お世辞にもメジャーであるとは言えません。競技人口自体も、日本全体でも数十人くらいとかそんな感じだろうと言われています。こんな競技をやるほどの暇人がそうそういるとは思えませんし、これでも十分多いと言っていいかもしれません。
‥‥‥‥ところがどっこい、海の外にはその暇人が結構たくさんいたりします。
私がやってる、いわゆるヘヴィファイトの本家にあたるアメリカの組織(SCA。後述)にしても、会員は多い時で4万人も居たといいます。これだけで町が作れますね。それ以外にも似たようなど突き合いをしている競技やグループというのは世界各地に結構存在しておりまして、一口に「なんかこういうの」といってもバリエーションは色々あったりするのです。これらは互いに異なりつつも互いに関係しながら親しい世間を構成しております。
ただ、やはり本場が海外なだけあって日本ではまだまだ情報も少ないので、本稿では整理の意味も含めて、そんな歴史的・甲冑的ど突き合いの世界を上っ面だけざくーっと紹介したいと思います。
※今回は世界編なので、日本における事情は最低限にとどめております。
※そもそも私も初心者なので、あまり細かいところには突っ込みません。突っ込めません。
※動画(動き)も含めるともっと違いが浮き出るのですが、今回は静止画を中心に比較していきます
甲冑業界とその近隣界隈
歴史的・甲冑的ど突き合いに含まれるジャンルは幾つか存在しますが、今回は以下の5つを取り上げ、紹介したいと思います。
- SCA: Society of Creative Anachronism
- HMB: Historical Medieval Battle
- Battle Reenactment
- HEMA: Historical European Martial Arts
- LARP: Live Action RPG
はい、当然のように全部英語ですね。自分で書いておいてなんですが、初見でこれらの諸ジャンルの中身を想像できる人はあまり居らんのではないかと思います。というわけで、個々の紹介に入る前に各ジャンルの様子を描いた写真を計10枚ほど紹介します。やはり百聞は一見に如かずということで、写真で比べれば違いもわかりやすいというわけですね。各ジャンルにつき二枚ずつです。
ただし、これらの写真は、シャッフルされています。
さてさて皆様、どの写真がどのジャンルに該当するかわかりますでしょうか? 初見の方におかれましては、甲冑業界も意外とややこしいのだという空気を感じ取って頂ければ幸いです。中には典型的なものからは外れた微妙な写真も含まれているので御注意あれ。
それでは以下、解答編と称して個々のジャンルを解説していきます。
SCA(Society of Creative Anachronism)
現代甲冑バトルの元祖にして最大組織。細けぇことは気にしないアメリカンスタイル
いわゆる甲冑バトルの二大ジャンルのうちの一つ。アメリカの団体で、50年以上の歴史を持つ中世歴史再現団体です。
元々はバークレー大学の歴史研究をしているグループが余興として始めた模擬甲冑戦闘がその元祖。当初ことフェンシングマスクやホッケーグローブなど身近にあるもので間に合わせていたのですが、やがて段々と本格化。ルールや甲冑生産などの諸環境の整備も進み、今では四万の会員を擁する世界最大の甲冑バトル組織として君臨しています。日本で甲冑バトルをしてる団体も、多かれ少なかれこの団体の血を引いていますので、そういう意味では諸悪の根源とも申せましょう。
その圧倒的参加者数を動員した集団戦は他にはない迫力を秘めています。下の図のワラワラいる奴ら、全員甲冑戦士です。
SCAは厳密にはジャンルというよりは団体名なのですが、その名は実質的に競技のジャンル・レギュレーションとしても用いられています。ちなみにこの団体は甲冑バトルだけでなくレイピアやその他文化的な再現活動もやってるのですが、ここでは割愛ということで。
特徴:ラタン剣とバーグリル兜
上図の剣を見て下さい。中世欧州の剣‥と言うにはなんか変わった形状をしているかと思います。これは、安全性を確保しつつ自由に暴れたいという需要を満たすためにSCAで考案され採用されている武器で、ラタン(rattan、籐。椅子や籠などに使われる、木や竹と似て非なる植物)をテープで巻いた構造になっています。硬さ的には木刀とだいたい同じくらいですが、これを見れば一目でSCAだとわかる仕様になっています。
また、ラタン剣とあわせて、鉄のバーをラグビーメットのように張り巡らせたバーグリル(bar-grill)型の兜も特徴の一つ。やはり上図の人物は両者ともこのバーグリル型の兜を装備しています。つまり、この剣とこの兜の組み合わせであれば、物理的に隙間に入りようがないので殴ろうが突こうが怪我をしないというわけです。それもこれも、安全に心置きなくど突き合うためのルールと言えます。
特徴:比較的ゆるい歴史甲冑
SCAの武装は中世の鎧を核としてはいるのですが、あまり厳密性は求められていません。ある程度ファンタジー要素を混ぜることもできますし、時代・地域的にバラバラな装備をすることもルール上は問題ありません。歴史再現という枠組みではあるのですが、レギュレーション自体は歴史に関してはゆるめに設定されていますので、その枠組の中でスポーツと割り切る人もいれば、逆に歴史的な装い/戦いを追求する人もいるという感じです。
上の写真の右の人は、甲冑と言うにはあまりにも肌色ですが、これでもSCAのレギュレーションは満たしていたりします。SCAでは頭や首、関節部分など急所や後遺症を残しうる箇所に関してはきっちりと守るようルールを定めているのですが、逆に言うと急所でない部分は(推奨はあれど)ある程度フリーダムです。もちろん露出箇所に直撃を食らうとえらいことになりますが、そのへんは自己責任というやつです(ちなみにこの裸男達のグループ、無茶苦茶強いらしいです)。
そんなわけで、自主性を重んじカスタマイズ性が高いのがSCAの特徴と言えましょう。SCA自体、その発祥からして歴史再現であると同時に超本気のごっこ遊びという側面もありまして、参加して楽しむことを重視する、体験主義的なアメリカらしい組織と言えます。
HMB: Historical Medieval Battle
よりハードな甲冑おじさん、旧共産圏より来る。目指せ甲冑オリンピック
いわゆる甲冑バトルの二大ジャンルのうちの一つ。SCAがアメリカ系の競技であるのに対し、こちらはロシア・欧州系の競技と言えます。
ジャンルの名前としてはHMBなのですが、HMBの国際大会である Battle of the Nations(バトル・オブ・ザ・ネイションズ。BTON or BoN)がとても有名なので、実質的にはHMBよりもBoNの名称の方がジャンル名を指す言葉として普及していたりもします。他にもアメリカ主体のIMCF、ACL、日本のリーグであるJABLなども、運営はともかくとして競技としてはHMBと似たようなものと言って良いかと思われます。
伝え聞くところによれば、現在のように組織や制度が整えられるよりも以前からロシアの人たちは金属の剣をもってど突き合うイベント(Battle Reenactment、後述)をやってたりしていたらしく、そういう活動が母体となって生まれた競技であるそうな。
特徴:金属剣と歴史甲冑
いずれも上述のSCAとの対比になるのですが、HMBでは下図のような金属製の剣を用いてど突き合っています(流石に刃はない)。そのため見た目の中世度は高くなっていますが、一方で安全性を確保するために突きは禁止などの制限も設けられています。
また、SCAと同様に歴史的な甲冑を用いますが、こちらは安全性等も含めてレギュレーションが厳し目に設定されています。例えば鎧の各パーツは同じ地域、同じ時代のもので揃える必要があり、兜は日本で胴鎧はフランスといった組み合わせは認められません(年代差は、50年まではOK)。それ故、SCAは多様性が特徴ですが、HMBは概して統一的な外見になる傾向があります。
Battle Reenactment
甲冑バトルの母体な人々。されども甲冑のみが歴史にあらず
バトル・リエナクトメント。直訳すれば戦闘再演とでも申しましょうか。
元々、海外にはHistorical Renactment(ヒストリカル・リエナクトメント:歴史再演 or 歴史再現)という概念があり、中世に限らず歴史上の特定の場面や文化などを再現/再演するという活動はそれなりに広く行われていました。
で、その中の一つの側面で、特に中世を中心とする時代の戦闘や合戦を再現したものをBattle ReenactomentとかCombat Reenactmentと呼んだりします。雑なたとえになりますが、日本で言えば、HRが各地で行われている「○○歴史まつり」のようなもので、BRはその一環として行われる模擬合戦みたいなものです。
(用語としてはBRよりもHRのほうが圧倒的にメジャーです。ただしHRは対象範囲が広すぎるため、バトルの側面を強調する意図で本稿では便宜上BRの用語を使っています)
特徴:あくまで再演志向
この手の合戦は、概して言えば歴史上の兵士を演ずることに主眼がありますため、上記のジャンルに比べれば「競技」としての性格は薄いと言えます。とは言え参加者の中には武術家やその道の研究家も多く、再演ならではのガチさも見受けられます。またHRやBRの中には下の写真の馬上槍試合のように、再演でありながら下手な競技よりもアグレッシブなものも存在します。
またその広い範囲ゆえに本稿で解説している他のジャンルとの関連も深く、例えばBRを競技・スポーツとして特化させたものがSCAでありHMBのようなものだとも表現できるでしょう。
特徴:テーマに即した歴史度の高さ
BRの多くは各地で行われる歴史イベントを主戦場にしており、例えばヴァイキングをテーマにしたイベントであれば当然ヴァイキングな方々が集まってきます。また競技であるSCAやHMBとは違ってそこまでガチガチに防具を固めなくても良いため、その分「それっぽい歴史的外見」にリソースを割くことが可能になっています。
論より証拠。単純に眺める分には、実に目の保養になるイベントが多いのが嬉しいものです。
ちなみに左上の写真はロシアで行われているヴァイキングのイベントの一幕なのですが、見ての通り金属の剣でガンガンど突き合いしてます。しかも防具は当時のものを再現していますので装甲は薄く、顔面はがら空きです。一応顔は狙わないなどのルールはあるのですが、ある意味フルコンタクトの甲冑バトルよりも危なっかしくて見ていてヒヤヒヤします。ちなみに参加している方に言わせれば、「当たらなければどうということはない」とのことです。流石はロシアといった感じでしょうか。
本朝にも時代祭りは色々ありますが、海外勢に比べるとパッションと言いますかリビドーと言いますか「やっちゃったぜ感」と言いますか、そういうものがいささか少ないようにも思います。せっかく日本には戦国・侍という貴重なの歴史遺産があるわけですし、ぜひとも栄えて欲しい分野でもあります。
HEMA: Historical European Martial Arts
我らはコスプレ屋に非ず。再現とはこういうものだ
ヒストリカルなヨーロッパのマーシャルアーツ。文字通り、欧州の歴史的武術です。
これを現代において実践しているわけでして、日本で言えば「江戸時代に断絶した○○流の武術を現代に復刻」みたいな感じでしょう。
元々、中世欧州には剣をはじめとする様々な武術が存在したのですが、近代に一度、その存在も含めて綺麗さっぱり忘れ去られてしまったという経緯があります。で、19世紀の終わりごろからロマン主義的な流行りもあって、失われたかつての武術への感心が高まり、文献などを参考にこれを現代に再構築しようという動きが生まれます。それが今日的なHEMAということになります。
例えば上図はタールホッファーというドイツのオッサン(15世紀)が記した本の一部なのですが、こういう資料をもとに当時の戦いぶりを解釈、研究、再現、実践するのがこの(現代の)HEMAというわけです。HRが歴史再現とすれば、こちらは武術再現といった感じでしょうか。ドイツ剣術とかイタリア剣術とか言った場合は、大抵はこのHEMAに分類されます。
特徴:概して甲冑度は低め
HEMAの団体やスタイルは色々ありますが、上の写真を見ればわかる通り総じて外見には関心をあまり払ってはいません。ですのでフェンシングを連想させるような最低限の防具がよく用いられており、歴史バトルではあっても甲冑バトルのカテゴリに入れるかは微妙な感じになっています。
ただし、当然中世の剣術であれば甲冑想定の剣術もあるわけでして、それをを極めようとすればおのずと敵も自身も甲冑を装着した上で実践する必要が出てきます。で、それをやってるのがHarnischfechtenと呼ばれるジャンルです。ドイツ語で、意味は甲冑バトルとかそんな感じです。
鎧の隙間を突いたりする武術である都合上大変危険性が高く、甲冑業界広しと言えどこれを本格的に実践ところはあまり無さそうです。とは言えこの術の使い手を大量に集めてフィールドに送り込めれば真の意味での中世合戦の再現に一歩近づけるわけで、いつかは覗いてみたい世界でもあります。
LARP: Live Action Role-playing Game
エルフの居ない歴史再現などに用はない。これが本気のロールプレイだ
これを本稿に含めるかは少し迷ったのですが、ついでに紹介してしまいましょう。
これはいわゆアナログな「ロールプレイングゲーム」に分類される遊びの一種で、テーブルトークRPG(TRPG)をベースに物理的な動き等の三次元要素も取り入れたようなものです。TRPGもプレイヤーは架空のキャラクターを演ずるゲームであると言えますが、LARPの場合はその要素がより極まっており、格好や舞台等も含めて演ずる世界を再現しようとする志向があります。見た目の説得力に関しては、やはり写真を見ていただくのが一番でしょう。
中には140ヘクタールにも及ぶLARP専用フィールドなんてのも海外には存在したりします。小さいものも含めれば、似たようなものは結構あると思われます。これも海外勢の暇‥ではなく情熱を示す例の一つといえましょう。
このように、LARPは架空の舞台で行われる一種の即興演劇的な側面も持ち合わせており、ゲームの進行に応じては実際に剣戟を繰り広げて勝敗を決すような場面も出てきます。どのようなロールをプレイするかはゲームによりけりで、中世やヴィクトリア朝、ファンタジーやゾンビなど様々なものがあります。で、中世やファンタジーが舞台の場合、甲冑おじさんがど突き合う光景が、やはりそこには展開されるということになります。
実のところ、バトル用の重甲冑を扱っている店が同時にLAPR用の軽甲冑を扱うことも多々ありまして、服飾という意味では甲冑バトル、リエナクトメント、LARPはそれぞれ隣接した市場を形成していたりします。兜や鎧を販売しているサイトを見ていると「for SCA」とか「for LARP」といった文言を何度も見かけることになります。そういう意味でも、隣接した業界ということでLARPをここで取り上げた次第です。
特徴:圧倒的自由な武装
これまで紹介したジャンルと異なり、LAPRではスポンジ的な柔らかい武器を使うため、武器にしろ防具にしろ割と自由に設定できます。他の競技では重さやサイズ、材質など細かく制限がなされるのが普通ですが、LARPは違います。巨大なメイスでゴブリンを叩き潰したり、スレッジハンマーで全裸の相手を殴るといった暴力的な所作もLARPならば問題ありません。
おわりに
これまでの内容をまとめますと、答え合わせは以下の様な感じになりますね。1、4、7、8番あたりが引っ掛け。正直言って、業界外の方にはかなり嫌らしい問題なので、正答率はあまりお気になさらないで下さい。
というわけで甲冑バトルとその近隣業界を大雑把にご紹介しました。もちろんこれが全てというわけではなく、Stage Combatとか取り上げていない近隣業界も存在します。
一口に甲冑バトルと言っても武術、外見、武装、再現性、個性、お祭り感等など、それぞれのジャンルごとに重視している箇所とそうでない箇所があり、それらが重なりあって甲冑業界が形成されている様がおわかり頂けたのではないかと思います。本稿の情報だけでは具体的な何かを理解したとは言いがたいのですが、今後この手の情報と接する際の参考になればと思います。「なんかこういうの」を今後見かけられたら、どういう位置づけの人達なのか推測してみるのも良いかもしれません。 で、興味が湧いたら皆々様も甲冑業界におひとつ如何でしょう。楽しいよ?
非常に分かりやすく、楽しく読ませていただきました。
ありがとうございます。
Pingback: 甲冑バトルと愉快な仲間たち(日本編) | WTNB機関年代記
>競技人口自体も、日本全体でも数十人くらいとかそんな感じ
つまりヘヴィファイトの日本人プレイヤーを探していけばそこそこの確率で山田さんにぶち当たる・・・?
別にレアキャラでもなんでもないので、暗黒学園付近を彷徨いてれば普通に遭遇できますヨ。 見学も歓迎(多分)なので、是非甲冑沼にいらっしゃいませ。